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振り子についての考察


三次元とは「自分」と「自分以外」が

分離している世界のことです。


で、じゃあどうやって分離するの?どんな構造なの?


というと「極」「時間」「摩擦」「振動数」

などなどのいくつかの前提があって


初めて「自分」と様々な「自分以外」が現れるという

仕組みになっています。


ヘルメスの7つの原理なんかはこの

「ギリギリ三次元つくってまっせ」という

あたりを扱っています。


あの原理を超えちゃうと、三次元においての

「自分」というのとは『自分』の

定義が変わってきてしまいますのでね。


もしも、超えてしまって「自分」の定義が変わり

いわゆるワンネス「自分しかいない」もしくは

「自分すらいない」となった場合は

欲望自体がほぼほぼなくなってしまいます。


ここが本当に理解できると、単に

「やるべきことをやるだけ」

ということになっていきます。


これは一般的な「やるべきことをやる」という

意味合いとは、かなり違った意味合いになります。


三次元において「べき」なんて使いたくない!

と思う場合の「べき」はこれとは大きく違うということです。


なので、もしもあなたが「べき」を使いたくない!

と思ったとしても全然大丈夫です。


自分の本当の気持ち以外からくる

「べき」に縛られたり「べき」のせいにすることを

やめよう!と思うことは「正しい分離」の第一歩でもありますしね。


・・・で・・・


話は戻り「分離」の三次元の構造ですが・・・


三次元は構造上「極」と「時間」があり

「分離」をしているわけで。


そこには必然的にリズムが生まれるという

振り子のようなシステムがあるのです。


それは潮の満ち引きや呼吸のようなもので

気づく気づかないは別として自然におこなわれています。


陰と陽というのも振り子のように

極までいけば、いれかわっていきます。


古来からの魔術や様々な探求者たちは

これらのことを皆知っていたのだと思います。



振り子は思い入れが強く

こだわりのあることほど

大きく揺れます。


思い入れやこだわりは

「こうでなければ嫌だ」ということであり

それだけ振動数が低く

大きく分離しているということです。


これは振り子の重りをつなぐ

紐が長いということです。


紐が長い振り子は

それだけ大きく揺れる

ということですね。



一般的に様々な修行などで「不動の心」を

目指したりいたしますが。


あれらはおそらく、振り子の紐の上のほうへと

進もうとしているわけです。


どんどん振り子の紐の上のほうに進み

最終的に支点(振り子の持ち手)に到達すれば

どんなに三次元においての現象が大きく揺れても

支点は揺れないということです。


とはいえですね。


「不動の心」格好いい!と支点だけに

注目したとしたらですね。それはもはや「点」

でしかないのですよ。


もしも三次元に生き、支点に到達したのならば

支点として見ると同時に、重りとしても

振り子の様々な長さの様々な揺れを見ていかねばなりません。

(これは非常に訓練がいり、モノの見方自体も変化します)



まぁ、そんなややこしい上級編のことは良いとしても。


スムーズに三次元を楽しみたいのであれば

振り子の仕組みを知っておくと結構便利です。



とりあえず、大切なことは

振り子として揺れることをあまり嫌わないことです。


まぁ、揺れすぎて苦しすぎるという方は

少々思い入れとこだわりが強いのかもしれませんから


ちょっと肩の力を抜き「どっちでもいいかも」と

唱えてみると、手っ取り早く振動数が上がりやすいので

試してみるといいかもしれませんね。


ただ、どうしてもそう思えないときは、無理しないほうがいいです。

やせ我慢すると更に振動数は下がりますから。


また、あまり揺れに逆らわないこと。

というのもやはり大切です。


どちらか片方だけを求めると不自然さが生まれ

負荷がかかり、揺れもまた激しくなるのです。


これはタイプにもよりますが

何なら少し前のめりに、振り子の揺れに

のるくらいでも良いほどです。



究極、支点から見たらどちらの「極」も同じものです。

あまり深刻にならずにいきましょう。


呼吸だって吸うだけ、吐くだけでは

苦しくなってしまいます。


どちらの「極」もあるからこそ

私たちは上手いこと自然に三次元において

成り立っているということですね。



次回は場について考察します。


生きている限り様々な「場」に

出会うことでしょう。


「場」をどうとらえるか?などなど

考察していきたいと思います。


次回もぜひお楽しみに♪


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